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静 02

Penulis: あさの紅茶
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-30 06:17:19

受験も近くなった頃、暗い表情をした春花を前に静は言葉がでなかった。

「……ずっと一緒にピアノを弾きたかった。一緒に音大に行きたかった」

春花の絞り出す言葉が矢となって静の心を刺す。

ずっとこのまま楽しい毎日が続くのではないかと、錯覚することだってあった。むしろ続いてほしかった。

一緒に音大に行きたかったのは静の方だ。春花とずっと一緒にいたいと願っていたのは静なのだ。このショックは計りきれない。

春花の落ち込んだ姿を見るのは初めてだった。けれど春花はそれ以上何も言わず、すぐに普段通りの明るい春花に戻った。

静にはわかっていた。それが春花の気遣いなのだと。一瞬見せた落ち込んだ姿はまるで嘘のように元の春花に戻っている。

もしかしたら抱えきれない大きな不安や悩みがあるのかもしれない。それを押し殺しているのかもしれない。

気づけば静は春花の手を掴んでいた。

「俺の前で強がったりするな! 泣けばいいだろ」

「……ううっ」

春花の瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。気持ちを押し殺す春花をどうにか解放してやりたい。楽にしてやりたい。

卒業式を間近に控えた放課後、二人は思い出のトロイメライを連弾した。

これが学生生活最後の連弾かと思うとより一層熱がこもる。隣に座る春花の存在を感じ取りながら、心を込めて鍵盤を打ち鳴らした。

演奏後の高揚感は静に勇気を与える。

今が告白のチャンスだと確信した。

だが、静の気持ちとは裏腹に春花は笑顔で言う。

「ずっと応援してるね。桐谷くんのファン1号だから。コンサートのチケット送ってよね」

それは残酷だった。それ以上何も言わないでほしい、このままの関係を崩すなと言われているようにしか思えなかった。

静は息をゴクンと飲み込む。

告白する前に玉砕したのだ。

「……うん」

それしか静は言葉が出ない。告白をするなんていう決意は一瞬で吹き飛んでしまったし、告白をしようという勇気すらどこかへ行ってしまったかのようだ。

二人の関係が壊れるのが怖かった。

この心地よい距離感が変わってしまうのが怖かった。

――絶対にピアニストになって春花にチケットを送る

そう新たに決意し、二人の関係は進展することも壊れることもなく、穏やかに日々が過ぎていく。

春花を守りたい。

春花を幸せにしたい。

自分に何ができるのか全くわからなかったけれど、ただ、漠然とそう思った。

卒業前に春
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    静の家に居候すること早一週間が過ぎた。日々目まぐるしく過ぎていき、ようやくの休日である。春花はアパートの解約手続きをしに不動産屋まで出掛けた。同時に次の物件も探さなくてはいけないため何ヵ所か候補を出してもらい見学をさせてもらったが、結局その場で決めることはできなかった。「おかえり、今日は早かったね」マンションへ帰ると静がキッチンでコーヒーを淹れており、春花にもマグカップを差し出した。「ありがとう。今日は休日なの」「そっか。どこへ行っていたの?」「アパートの解約と次の物件探しだよ」静からマグカップを受け取ろうとして、春花はドキッと肩を揺らす。静の表情が強張っていたからだ。静は落ち着きながらも強い口調で言う。「なんで? 探す必要ないだろ? ここに住めばいいんだから」「ダメだよ」「どうして?」「だって……迷惑かかるし」「俺が一度でも迷惑だって言った?」「言ってないけど。でも……」と、そこで春花は口をつぐむ。いつだったかワイドショーで見た【ピアニスト桐谷静、フルート奏者と熱愛報道】が頭を過り、いたたまれない気持ちになってくるのだ。同級生だから、静が優しいから、だから困っていた春花を助けてくれただけであって、いつまでもそれに甘えてはいけない。静にも、静の恋人にも申し訳ないからだ。だがその事を口に出すことはできなかった。そんなことは知らないままで、ただ静に甘えられたらどんなに幸せだろうか。ずっと好きだったのだ。高校生のときからずっと、春花は静が好きだった。

  • 君と奏でるトロイメライ~今度こそ君を離さない~   未練 04

    とても心地良い気分でスッキリと目覚めた春花は、あまりの爽やかさにうーんと大きく伸びをした。久しぶりにぐっすり寝たような、そんな気分だ。自分に掛けられている毛布を見て、ようやくここが静のマンションだったことを思い出した。「……ショパン?」耳を撫でるピアノの音に春花は顔を上げる。心地良い揺らぎはこのピアノの音だったのだろう。静は春花に気付くと、ニッコリ微笑んで演奏の手を止めた。「桐谷くんごめん、なんか寝ちゃって。ショパンだったよね?」「うん。春花がよく眠れるように」「すごくよく眠れたよ」「それならよかった。春花がつらそうに寝てたから」「ねえ、もしかして帰ってきてからずっと弾いていたの?」「春花の寝顔が可愛かったから、ずっと見ていたくて」「ええっ!」流された視線が予想外に甘くて、春花は思わず頬を赤らめながら目をそらす。それに、いつの間にか「山名」から「春花」へ呼び方が変化していることに動揺が走った。変に意識してしまったことに焦りを覚えるが、それに対して静は何も気にしていないようだ。「あ、あのさ、名前で呼ばれるとなんか恥ずかしいっていうか、ドキドキしちゃうっていうか……」ゴニョゴニョと静に訴えてみる。 静は立ち上がり春花の元に行くと、彼女を覗き込むようにして視線を合わせた。「な、なに?」「春花をドキドキさせてるんだ」微妙な距離がもどかしい。 お互いの呼吸音が聞こえ、毛布の擦れる音さえも大きく聞こえる。ドキドキと高鳴る鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うほどの距離感は、まるでキスをするような感覚に似ている。近づく距離に反射的に目を閉じた。 と、その時。「ニャア」鳴き声にはっと我に返り、春花はほんの少し仰け反る。猫は春花の腕にグリグリと頭を擦り付けていた。「あ……」「こら、邪魔するなよ」静がため息混じりに猫を抱き上げると、猫は静の腕をするりと抜け、目を真ん丸にしながら床をあざとくゴロンゴロンと転がった。「……お前」「あ、猫。猫飼ってたんだね」「ああ、猫アレルギーじゃないよね?」「大丈夫。すごく人懐っこいね。名前、何て言うの」「……」「……?」静は開きかけた口を躊躇いがちに閉ざし、春花は不思議に思い首を傾げる。ふいと春花から視線をそらすと、ぼそりと呟いた。「……トロイメライ」「ニャア」静の言葉に反応

  • 君と奏でるトロイメライ~今度こそ君を離さない~   未練 03

    春花は何だか惨めな気分になり、泣きたくなった。と、突然携帯が鳴り出す。「もしもし?」『春花、何で出ていくんだ?』「高志……。あなたが出ていけって言ったじゃない」『そんなの嘘に決まってるだろ。春花を試したんだ。ああやって言えば春花は優しいから振り向いてくれると思った』何を言われても、高志の言葉は嘘にしか聞こえない。もう彼に振り回されるのはうんざりだ。「もうアパートの契約解除するから。あなたも出ていってね。私知らないから」『は? ちょっと待てお前何言ってんの? くそが、死ねよ』「もう私は死んだと思って。さよなら」春花は今まで出したことのない冷ややかな口調で告げ、乱暴に電話を切った。「はぁー」ほんの少し緊張が解け、その場にペタンとへたれこむ。手のひらから滑り落ちた携帯電話は何度も鳴り続け、高志からの着信履歴で埋まっていった。一体いつまでそうしていたかわからない。「ニャア」「……猫?」春花の左指をクンクンと鼻を擦り付けながら時折ペロペロと舐める猫。「……桐谷くん猫飼ってたんだ。君、慰めてくれるの? 優しいね」「ニャア」猫は人懐っこく春花に擦り寄り、撫でてほしいとばかりに頭をグリグリと寄せる。「ふふっ、可愛いね」春花は要求通り頭を撫でてやる。猫は気持ち良さそうに目を細めた。静が帰宅するとピアノルームから明かりが漏れており、不思議に思ってそっと中を覗く。中では春花が横たわっており、驚いて思わず声を上げそうになった。「春……」「ニャア」春花に包まれるようにして猫が顔を上げ、その心地良さそうな表情に二人で寝ていただけなのかとほっと胸を撫で下ろす。「まったく、驚かすなよ。ほら春花、こんなところで寝ると風邪ひく――」揺り動かそうとして、ハタと手が止まった。春花の目元は涙に濡れ、苦しそうな表情で眠っていたからだ。「ニャア」「お前、春花のこと慰めてたのか? 偉いな」静が撫でようとすると猫はその手をすっと避け、再び春花の胸元で丸くなる。「……おい、飼い主は俺だぞ」静は苦笑いしながら立ち上がると、別室から毛布を持ってきて二人に掛けてやった。コンコンと眠り続ける春花。固く握られた手。静はその手にそっと触れる。「……遅くなってごめん」小さく呟いた言葉は、猫だけが片耳をピクッと揺らして聞いていただけだった。

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